夢のつづき

夢にはつづきがあるということを知ってる?


去年の私は残りの人生をどう生きていくかを迷っていた。

自分にしかできない何かってなんだろう?それをどう活かして生きていくんだろう?


そんな時にタネトで開催された種を蒔くデザイン展で minä perhonenの皆川さんの『使う人も作る人も幸福』『背景を知る』『100年つづく』という話を聴いた。


『使う人も作る人も幸福』

結果ばかりに囚われず 『提供する側の幸せ』と 『提供される側』の幸せを両立させる方法を考えるということ。 


『背景を知る』

物事の背景を知ることで、その営みの中に人がいることを実感できる。そうするとそれに対する興味も生まれ、感謝にもつながるということ。


『100年つづく』

100年続くブランドを育てるということ。

自分の理想とするブランドを自分が育て、仲間に託すこと。


目から鱗が落ちた。

それをアパレルで実現している人がいるんだと、俄かに信じられないことだった。

皆川さんが実現したことはアパレルを経験した人なら絶対にできるはずないと思う『理想論』的なことだったからだ。


今の社会では『自己実現』は働くことで実現するという考え方が一般的だと思う。

だから企業は働き手に仕事でのやりがいを与えましょう、仕事で自己実現してきましょうという考えだし、個人でも趣味や特技で起業して収益化することを自己実現してきましょう。そういう風潮がある。

自己実現することで成功者になることがゴールだと思っていた。

だから、会社で管理職を目指すとか、特技でで起業をするとか、そういうことに残りの人生を懸けていくんだと思っていた。

でも、そこに違和感がずっとあって、何をするかが決められなかった。


皆川さんの話をきいて、ハッと目覚めた。


私しか出来ないことを『成功』とかそういうものとは無関係に考えてみよう。

私の人生の中にそれは必ずある。


不可抗力の悲しい出来事が私の人生の中には多い。

でも、崩れてしまいそうなときに、たくさん人が寄り添い、支えてくれて心が救われる事がたくさんあった。その中で実現できた楽しいこともたくさんあった。 

 辛かったことだけが全てではない。

 色んな人に助けてもらって、色んなものに感動して、色んな当たり前に感謝した。それを忘れたくないし、恩返しをしたい。

 無くしたものや諦めたことだけに目を向けず、その他にも目を向けることで悲しみの中でも物事を客観的に判断出来て、感情に流されずに自分を保てた。


そこで気づいたことが、 どんな時でも 『俯瞰して状況を正しく把握できれば  どんな状況下でも楽しいはつくれる』ということ。

それは私が『私の人生を生きている』から気づいたこと。

わたしだからこそ、伝えられることなんだと思った。


なんとまぁ漠然とした、なんとまぁ形にできないこと。

だけど、これが間違いなく、わたしの残りの人生で取り組むライフワークだ。


そこで、自分が日常の家事を楽しむためだけに始めたInstagram『まいにちまぜごはん』をレシピ投稿だけでなく『楽しいはつくれる』の投稿や『本当に好きなもの』の発信を増やし、今まで交流をしてこなかったフォロワーさんとの交流を楽しむようになった。

Webサイト『まいにちまぜごはんのハルのすきなもの』でも日々感じるあぶくのような思いや、忖度なしの映画レビューなどの発信を強化した。


その日々の小さな積み重ねを続けて1年。

いろいろなご縁や出会いがたくさん集まり楽しいは広がった。

そして、夢って叶えるものではなくて、夢にはつづきがあって形が変わっていくものなんだ。

そう感じた。



そして今年もタネトで開催された種を蒔くデザイン展でminä perhonenの皆川さんと岩崎政利さんのクロストークに参加した。

1年間『楽しいはつくれる』を模索しながら、その時にできる楽しいと思える方法で発信して広がった実感はあるが、今あるものがなくなるかもしれないと思うことに不安を感じるようになっていた。

だから、今回の話は、まるで1年間の答え合わせのようで驚いた。特に『生き方』『選び方』は今後の生き方を後押ししてくれるような内容だった。


『生き方』

 社会の変化を経て今がある。 違和感の中でも自分で感じていることそれを信じて自分たちの答えを出していくが大事だと思う 。 一回しかない人生は尊いもの。 逆風の中にたつ対峙しようとする覚悟は強い意志がないと立っていられないし進めない。  


『 選び方 』

 最善を尽くすときに経済的な最善なのか?喜びを得る最善なのか ?どちらのベクトルに照準をあてるかで変わる。 原料を作る人からお客様に届くまでの全員が全部のプロセスで、形は各々違うけれども、最大限の喜びを感じれる最善の方法をとる。 デザイン=それに至るまでの営みを表現すること


そして、2冊の本に出会った。

V.E.フランクルの『夜と霧』『意味への意志』


皆川さんのお話を聴いた後、この2冊を読んで、答えが出た。


何のために『楽しいはつくれる』を発信するのか?伝えて何を得たいのか?


振り返ると運命に負けたくないの一心で自分のために楽しいを作っていた。

それが苦しい状況を越えたあとに日常で『楽しいはつくれる』ということを発信を始めた結果、感謝される機会があったり、人の役にもたっていることに気づいた。


自分の楽しいが誰かの「楽しい」になり「広がり」そこで出会った人と損得なしの 「まごころ」で繋がり共感し合う。すると心が震える程の感動を味わえることがあるんだ。 

それは病気になったから始まったわけでもなく、人生通して色んなかたちで体験しており、それが幾度となく襲った苦難の中の生きたいと思う原動力にもなっていた。


損得なしの 「まごころ」で繋がり共感し合うこと。

あっ。それが、わたしの「生きる歓び」であり「生きる目的」なんだと。


何かを達成するために自己実現があるわけでなく、自分の生きている中で歓びをみつけること。

それが自己実現というものなんじゃないかと思った。

それが分かれば、夢は永遠につづいていくし、失敗もない。

自分が人生をかけて伝えたいことを、ずっと大切に伝え続けることが出来る。


人とは自己実現の形が違うかもしれない。

でも、人生の意味は自分で見つけていくもの。


花咲じいさんのように仕事もプライベートも関係なく、その時にあった表現方法で『楽しいはつくれる』と『わたしの楽しい』を蒔いていく、それをキャッチしてくれた人と『まごころ』で繋がる。そういう生き方でいいんじゃないかなと。


今までもらった『まごころ』を大事に抱えて

これから出会う『まごころ』にワクワクしながら生きていく。

それが私らしい生き方なんだと思う。







まいにちまぜごはんのハルのすきなもの

まいにちまぜごはんのハルの「楽しいはつくれる」を発信するサイト

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